エモの名は。

エモの墓場

平成が終わって令和が始まった。

生活は昨日、今日、明日とシリアルに繋がっていくものなので、令和になったからといって生活がガラリと変わることも、今ある社会制度や諸問題が一瞬で解決されることもありません。

しかし、64年続いた昭和という「戦前、戦中、戦後」という大きな歴史の「負」から立ち直り新しく歩み始めた「平成」が終わり、さらに次の時代である「令和」に移り変わるという瞬間には意味があると思うし、その一瞬に立ち会うことで、普段考えないことを改めて考える機会にはなると思うなどします。

天皇制度については義務教育程度の知識なので別に何かを語るかというとそんなことはないです。

Twitterでつらつら書いていたのですが、今回譲位と即位のご公務を通して雅子様の晴れ晴れしい笑顔を見られたことは、一国民として非常に喜ばしく、また想像を絶するご苦労をされただろうことを思うと胸が痛んだわけです。

ご静養が長く続いた雅子様に対しての、批判めいた論調というのは折々に出ており、特にこの記事の中の最初の小タイトルにもなった「オランダ外交」に関してはよく覚えています。

メンタル問題後進国の日本なので、「鬱は甘え」よろしく「適応障害」という馴染みのない病名に関しても理解は乏しく「国内公務は出ないのに海外のには出るのか」だの「自分が出たいものにしか出ないなんて病気とかいいながらサボりたいだけだろ」だの、悪意100%な論調だったと記憶しています。

とにかくいつでも雅子様に対するマスコミ論調はとても意地悪だったという印象があります。

子供ながらに「なぜキャリアが批判の的になるのか?」というのは謎でしたね。「能力があるのならば、やらせればいいのに?」って感じで本当に「よくわからぬ」と思っていたのを覚えています。オランダに関しても「気持ちが安らぐならさせてやれよ・・・・・・」って思うし「別に海外旅行で豪遊するわけじゃないだろ」とか思ってました。今思い返しても切り取り方が恣意的すぎない???

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https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190501001222.html

「民間から皇室へ」という点では美智子妃殿下のご苦労も計り知れないものの、先人が偉大で素晴らしい方であると、後ろに続く人間は恐ろしいプレッシャーにさらされることにもなります。

また「キャリアか皇室か」なんていう二者択一を迫られた人間はいないので、その意味では美智子様とも違う種類の苦悩を長年抱えられただろうことは想像にたやすいです。

「今まで外務省キャリアとして関わってきた外交問題に、今度は皇族として関われていければ」という思いを持たれていただろうに、お世継ぎ問題ばかりが取りざたされ、ことあるごとに「外務省キャリアだからって図に乗るな。後ろを歩いて皇太子様を支えればよい」という「女は黙ってろ、とにかくさっさと産め。それが仕事だ」と多方面からぶったたかれていたのは、私の記憶にも残っているほどだったのでそりゃ体調も優れなくなるわ・・・となる。

全方位から「女は産む機会」扱いうけてたわけですし、帰国子女で留学もしていてなんて人からしたらもう頭カチ割られるような話しでしょうよ。

雅子様世代で雅子様のキャリアはもう「日本に何人いるか」というレベルの超レアキャラだったわけですが、平成時代30年の間に「まぁまぁ見る」くらいにはなってるはず・・・・・・。結果、雅子様が引き裂かれた「キャリアか家庭か」という問題は多くの女性が抱える問題になっています。

本来雅子様が皇室で成し遂げたかった事柄や、外交官としてのキャリアを活かしながらの諸外国との友好といったご公務を積極的に実施する姿を見られたらなぁと願わずにいられませんし、その姿を「女のクセに」と言われる時代ではなく、エンパワメントするアイコンになる時代になっていると思います。

令和という時代の皇后陛下への期待と共に、今までのご苦労が少しでも癒されるような時代や役回りになることを願っています。

体調を!最優先に!という気持ちがありながらも、はつらつとした笑顔でご活躍されることを祈るなどする令和の幕開けなのでした。ちゃんちゃん。