エモの名は。

エモの墓場

「絆」は時に呪いとなる。 映画『天才作家の妻-40年目の真実-』を見たよ。

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夫婦 #とは

映画を見ながら、ずっとニコニコ動画のように脳内にこの言葉が流れていた。
「夫婦で見るとお通夜になる映画ランキング」において、『ゴーン・ガール』に匹敵する作品の登場である。

ノーベル賞受賞という、ほぼ全人類が体験しない主題を扱いながら、こんなに自分の結婚生活について考えさせられることがあるだろうか、いやない(反語)

本当に、物凄い圧で「夫婦とは?」「結婚とは?」を問いかけてくる恐ろしい映画です。

youtu.be

男女関係の最終形態。「熟年夫婦」という姿。

「夫婦の絆」という言葉を聞いたとき、あなたは何を連想する?

お互いを理解しあう、仲のよい夫婦の目で語る会話。
挫折や成功を共に乗り越え、分かち合う夫婦の姿。
子供や孫に囲まれて、幸せな笑顔がこぼれる家庭。

確かにこの映画には、その全てがあった。

「絆」という言葉から連想される、絵に描いた夢のような「幸せ」。

しかし、男女関係の最終形態とも言える「長年連れ添った夫婦」の間にあるものが、10代の恋人同士のような、甘ったるい砂糖菓子なわけがない。表面が美しく見えるものが、中身もそうとは限らない。

そんなパンドラの箱がどんがらがっしゃん!する瞬間をオラオラと突きつけられて、見終わるころには脳みそパンク状態になりました。 

結婚は墓場?仮面夫婦?そんな単純な話じゃない

世界的な作家と、その彼を支えてきた妻・・・という理想の夫婦であるジョセフとジョーン。全てが満たされているかに見える2人の関係は、夫ジョゼフのノーベル文学賞受賞によって揺らぎ始める。

彼が書いてきた素晴らしい物語は、本当に彼のものなのか。妻はなぜ夫のゴーストライターとしての道を選んだのか。そして、偉大な父の影に隠れ、コンプレックスを抱きながらも「書く」ことを選んだ息子は、両親をどう見るのか。

ノーベル賞受賞式典が行われるストックホルムの街の中で、夫婦と家族が向き合う真実とは???・・・・・というストーリー。

1時間40分という時間を感じさせず、一瞬も飽きることなくエンディングまで駆け抜けます。

途中から、2人の感情のやりとりの重さとリアルさにあてられて、ずっと涙が止まらなかったが、自分の流す涙が「どんな感情」から来ているものなのかを把握できなくて、冒頭の「夫婦とは」「結婚とは」という答えのない問いかけを己にせざるを得ない、本当に修行のような映画でした。

Mrs.キャッスルマン という存在の軽さ

ジョセフはノーベル文学賞を受賞し、名実共に「世界最高の作家の一人」となるものの、ジョーンは常に「Mrsキャッスルマン」でしかありません。

名前を言い間違えられることなど序の口、「君は何をしている人?」という質問に「キングメーカー」とシニカルに答えるしかない(返しがいちいち賢くてスマートで痺れる)、これは多くの「妻」が陥る悲しい没個性化です。

「私が書いた」と言いたいのか、そうではないのか、図りかねるジョーンの表情やしぐさが一々深い。彼女は単に「私がやったのに」と自分の成果を言い出せないグズついた女ではなく、信念を持って「何もしていない」顔をし続けます。

しかし、名前を奪われ、実績を奪われ、常に「Mrs」として扱われることはギリギリ許容できても、夫の浅慮な「妻は書けない」発言によって、彼女の静かな怒りは爆発します。まーそりゃそーよね。

自尊心がゴリッゴリに削られると、女は鬼になる

ジョセフとジョーン結婚生活には、常に他の女の影もチラついていました。彼女はそれも知りながら、彼を直接攻めるようなことはしてこなかった。

しかし、彼は過去、彼女を口説いたのと同じ方法で、別の若い女に粉をかける。「お!最低だな!?」と観客だれもが思ったでしょう。私もめっちゃ思いました!しかも脇の甘いこのおっさんは、その酷い裏切りを妻に早々に見やぶらるられる。

まじで脆弱性の塊。

「自分にとって最高の思い出が、他の誰かにも使われた」ことを見せ付けられるなんて、こんなに自尊心が傷つくことってある?「この蔑ろ感がすごい!2019」によるクリティカルダメージがすごい。

しかしその壮絶な罵りあいの後に夫婦で喜びを分かち合うことにまったく違和感がなく、「疎ましい」と思いながらも気遣ったり愛情を共有する姿に、ただただ2人の年月を感じるのでした。

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過去、ジョセフはジョーンにとって「運命の人」だったし、恋する彼に認められたい、その彼に成功して欲しいという思いがあった。ジョセフは弱くて、卑怯で、ナルシシズムが強い男だけども、若い彼女にとっては、自分の才能を認めてくれたヒーローだった。「若さかー・・・・」とか「時代かー・・・・・・」とかミサワ的にやりすごしたくなるが、そうは問屋がおろさない。

搾取された「奴隷」は存在するのか、いるならば誰なのか

ジョーンがただ一方的に搾取された被害者なのか?夫だけが極悪で妻を酷使し、自分だけが名声を独り占めするクソなのか?というと、そんな簡単なお話ではない。

我々は予告や作品紹介を含めて「彼女はどうやらゴーストをやっている」という情報を得てこの映画を見るけれど、ただ搾取された可哀想な女の話なんかではない。時代背景、タイミング、彼女の才能、彼の才能・・・・・・それらを融合して一つの形に作り上げたのは、他ならぬ彼女だったのだから。

彼の独白がそれまでの彼の浅慮による愚鈍な行動をチャラにする魔法の言葉ではないけれど、少なくともジョセフもまた「彼女の功績を自分のものにし続ける」神経の図太さは持たない、普通の人間のように見えた。

「真実はいつもひとつ」・・・ではない

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男と女、名誉と名前・・・・・・。いったいこれの着地点はどこ!?どう終わるの!?終われるの!?!?!?!とはらはらしながら見ていると、「そこ!?」という着地点に連れて行かれる。

一見「美談」に見えてしまいそうな、ギリギリのバランスでストーリーは推移するのだが、ぜひ映画館で最後まで見て欲しい。全編通してみた後に、何をもって「信実」とするのか。私は答えを出せませんでした。

男女、夫婦に限らず、人間関係とは美しい感情だけのやり取りで紡がれる物語ではなく、恨み・怒り・執着・諦念といった様々な心の動きが重なり合って紡がれる物語なのだなぁとかみ締めることになりました。

これを「美談」だなんて、1mmも思わないけれど、世の中の美談なんてだいたいこんな風にできているのかもしれない。そんなシニカルなことを考えてしまいましたとさ。

◎才能搾取のクソ男列伝といえば・・・

ビッグ・アイズ(字幕版)

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 こちらも才能ある妻を意のままに操り、自分の作品として超有名になった夫という意味では被る作品。とはいえこっちは夫がスーパーモラハラサイコパス野郎でガチ狂人です。よしあしは判断できませんが「自分のものではない名声」を享受し続けるには常人には理解できない精神構造が必要なのでは・・・?と思わせる一作。こちらは実話ベース。

◎え、結婚とか、べつにいいのでは?と思わせる映画

 お気持ちがゴーンすると噂のなかなかの胸糞映画。大好きです。「理想の夫婦」という型はあるし、理想系に近づく努力は必要ながら、形を手に入れることが目的になってしまうと人はゴリゴリに狂っていくものですねっていうお話。